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中国で寛平ちゃんに会うの巻。

2010年12月28日

何日か前のブログで(H)がNumber駅伝部初レースの模様をお伝えしてましたけど、順位を書いてなかったので書きます。
正直に書きます。

1474チーム中1088位・・・・・・。

「ど素人のくせにランナー気取りやがって!」
そんなお叱りの声が聞こえてきそうですが、おっしゃるとおりです。甘んじて受け入れます。そうです。「ヘナチョコ」とか「ヘタレ」という言葉は我々のためにあるのです。
「週刊文春駅伝部」だったらこの順位でもOKでしょう。
OKどころか「夜討ち朝駆けのさなか、この順位ならすごい!」と褒められたかもしれません。
「文學界駅伝部」でもこの順位でいいでしょう。
「文科系でこの順位ならたいしたもんだ!」と褒められたかもしれません。
しかし我々は「Number」なんです。「スポーツグラフィック」なんです。
もともとほんのちょっとしかなかった自信が、これで完全になくなりました。

そんなとき傷心の僕を癒してくれたのはこの人です。

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寛平ちゃん。アヘー。
(カメラは写真部・榎本麻美。後頭部が松ぼっくりみたいです)

寛平ちゃんこと間寛平さんは2年前からランニングとセーリングで地球一周を目指す「アースマラソン」をやっています。現在、ゴールの近くの中国・青島付近を走っていると聞いて取材に行ってきました。

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せっかく来たのだから一緒に走らせてもらう。
ペースはゆっくり。10キロ1時間ちょっとなので何とかついていける。

そういえばランニングの楽しみ方について、寛平さんはこんなことを言ってました。
「タイムや順位を気にすると楽しくなくなる。だからゆっくり長く走ることにした」
ゆっくり長くを追求した結果、地球一周にたどりついたのでしょうか。

ちょっと目から鱗が落ちました。
これでいいんだと。
スポーツグラフィックを名乗りながら1088位でもいいんだと。
ま、ランニングが得意とは一言も言ってないですしね。
それにランニングが速い人しか楽しめないスポーツだとしたら、
現状ゲブレシラシエしか楽しめないことになりますしね。
だからこれからも「スポーツグラフィック」を名乗りますけど、いいでしょうか。

そんな寛平さんの日本上陸は年明け1月4日。
大阪にゴールするのは1月21日(予定)だそうです。(T)

古い手帳から甦る死闘。

2010年12月21日

手帳の切り替えの時期がやってきました。

ちょうど1年前のブログでも、(F)さんが手帳のことを書いています。風物詩というやつであります。
ナンバー編集部員では、スマートフォンを活用する“電子手帳派”も一部にいますが、紙の手帳を使っている人が大多数。私(犬)もその一人です。

新入社員から2年間、広告局に勤務だったころはシャープの電子手帳ザウルスを使っていましたが、94年に週刊文春編集部に異動になってから、会社支給の「文藝手帖」に切り替えました。非常にドタバタした職場だったので、ザウルスの手書き入力でも追いつかなかったんですね。そのあとは惰性で。

いま見たら、机の中に古い手帳が15冊入っていました。

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毎年カバーの色が変わる文藝手帖。手前が2011年版。

2010年のぶんを16冊目としてしまう前にパラパラ見ていたら、今年は元旦にサッカー天皇杯、2日にその試合原稿の入稿のため出社していたことを思い出しました。

この2日の夜は最悪だったな・・・・・・。文藝春秋ビルはほぼ全館空調が停まっていて、8階のナンバー編集部は冷蔵庫のように冷え切っていました。天井に付いている補助的なエアコンをガンガン回しても一向に暖まらない。大みそか格闘技の原稿を入稿しにきた(一)くんと二人してコート&マフラー姿で作業していました。

3月は30周年記念号、夏はワールドカップ、と走りっぱなし。本当の超多忙期に入ると、手帳をつけている余裕がなくなったらしく、ただ校了日だけが書いてあって、あとは真っ白。

年初の「勝つ組織論」から通常号23冊、W杯臨増4冊に、PLUSを6冊。今年のナンバー編集部はよく働きました。
5階にある営業局の会議室に行くと、今年のナンバーの電車中吊りポスターが貼ってあります。

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さすがに全部は貼ってないですが。

おーそうだ、この春はF1特集もあったんだ、と我らが事ながら懐かしく思えてきます。

ということで、すっかり振り返りモード。いろいろあった2010年のスポーツ界、振り返ってみるのも悪くはないです。
今週24日発売、年内最後のナンバーは今年1年をを振り返る特集、「甦る死闘2010」です。冬休みにじっくり読みたい、長めのスポーツ・ノンフィクション満載の一冊になりました。 (犬)

へなちょこ駅伝部。

2010年12月16日

このブログでも何度か話題にのぼっていますが、
世間のランブームから少し遅れて、編集部にもランナーが増えてきました。

自宅近辺で走る人、校了中の待ち時間を利用して皇居ランに出かける人・・・・・・
と、各々に合ったランスタイルをそれぞれ楽しんでいます。

そんなゆる~い毎日に一石が投じられたのは、
若手ランナー(W)のこの一言がきっかけでした。

「これ、出ましょうよ!」

彼の手にあるペーパーを覗き込むと
au×adidas EKIDEN GRAND PRIX
・・・・・・それは駅伝のお誘いでした。
返事を濁したつもりが、翌日には
「申し込んでおきましたから」と、
仕事の早さを見せつけてくれました。

ということで、急遽結成された「Number駅伝部」。
2か月あまり、「練習しなきゃ、練習しなきゃ」と悶々とした日々を送りながら、
ついに先週末、その日がやってきました。

写真1
スタート直前。人生初の大会です。

当日は、寒くもなく、暑くもなく、絶好のラン日和。
それにしても改めて、ラン人気の高さを思い知りました。
新木場駅から会場までは、ジャニーズコンサート?
と勘違いするほどの混雑ぶり。
しかもモデル並みの可愛い子や、学生風の男の子、
走友会や会社の同僚かな?と思われる人など、参加者のタイプもバラバラ。
でもみんな楽しそうで、そんな参加者を見てるだけで、
こちらもテンションがあがります♪

さて、コースは第一走者10㎞、第二走者5km、
第三走者3km、第四走者5km。

体力に自信のない(H)は三区を担当。
3kmなら余裕でしょ、と思っていた私は甘かった。
こんなに辛い3㎞がかつてあったでしょうか?
自分のペースを守るってこんなに大変なんですね。
途中で、小学生の子供にも抜かれる体たらく。

しかしタスキの重みが、身体を前へと運ぶんですね。
どんなに辛くても、歩いちゃいけない! 
なんとか次にたすきを渡さなければ!という気持ちで
死に物狂いで走りました。
ただの趣味で、この重さ。
箱根駅伝のたすきの重みって想像以上だ・・・・・・と
参加して改めて、そのすごさを実感しました。

そして全員へろへろになりながらもついに完走!

写真2
最終ランナー・Number Doデスクの勇姿。

なんだか自分がとても健康的な人間だと錯覚させてくれた一日でした。

現在、駅伝部に参加表明する編集部員も現れ、
年明けのレースにもNumber駅伝部は出走予定。
その模様はまた、ご報告します。(H)

「200m」の月日。

2010年12月15日

びっくりしました。
ついこないだブログの当番が回ってきたばかりと思っていたら、もう自分の番がやってきました。いつもならブログに備えて、取材風景の写真などを撮っておいたりするのですが、本当にまだまだ回ってこないと思っていたので、何もありません。仕事をしていなかったわけではないのですが・・・・・・。

苦肉の策ではありますが、今年の2月にナンバー編集部にやってきてからの約1年を私的に振り返ろうと思います。

初めてブログを書いたのが3月9日。自分がなぜ(五)を名乗ろうと思いついたのか、に関して書いたのですが、編集部の中には僕のことをイガラシ君と呼ぶ先輩が現れるなど、混乱の素となっただけでした。ちなみに、この日のブログに写真を掲載した当時のスカイツリーの高さは304m。

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まだ第一展望台さえも出来ていない頃。

4月に文春野球部に入部し、「南アフリカW杯蹴球名鑑」の校了でGWがつぶれ、W杯の熱狂に巻き込まれた6月が過ぎ去ったかと思ったら、7月には甲子園特集に打ちのめされ、「欧州蹴球名鑑」に夏休みをもっていかれ、9月はドラフト特集の取材、10月はプロ野球が佳境を迎え、日本シリーズへとなだれ込み、今月は大学ラグビーの熱に触れた後、来年発売の号に向けて、仕事は続いていきます。

そんなこんなの間に、スカイツリーも育って500mを超えました。完成は来年末。自分も、負けじと伸びたいものです。(五)

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隣では複合商業施設も同時に建設中。

イニエスタにそっくりな男とは……?

2010年12月14日

先日、バルセロナのイニエスタ、シャビ、メッシの3人がバロンドール最終候補に選ばれました。そして、イタリアのガゼッタ・デロ・スポルト紙はイニエスタを最有力と報じています。Numberでいくつかのイニエスタの記事を担当してきたものとして、そしてひとりのイニエスタ・ファンとして、胸が熱くなります。

Numberに異動してきて、初めて作ったイニエスタの記事はこれでした。

photo1 RIMG0577
2007年8月2日発行の683号 イニエスタ「青白きテクニシャン」

これはイニエスタの顔が青白いのをdisっている記事ではありません。
現在ほどの評価をされていなかったイニエスタについて、見た目は凄い選手には見えないが、とてつもなく巧くて、スペインの一部では「ついにスペインにもバロンドールを狙える選手が現れた」と話題になっている、ということを紹介した記事です(それにしても、なぜ日焼けしないのかは不思議です)。

その後も、いろんなパターンの記事を作りました。なかでも印象に残っているのは、イラストレーターのドラゴン76さんにかっこいいイラストを描いてもらった次の記事です。

photo2 RIMG0578
2009年11月12日発行の740号 「イニエスタはメッシを超えるか」

バロンドールを獲得した暁には(来年の1月10日発表)、しっかりとしたイニエスタの記事を作りたいと思っています(1月27日発売号に掲載予定)。

それで、「どういった内容にしようか」と先週の土曜日に企画の内容を考えていたのですが、いろいろと考えているうちにすっかり遅くなってしまいました。しょうがないので帰宅し、録画していた「K-1 GP」をぼんやりと見ていたのですが、そのとき、とんでもないことに気がつきました。

「セーム・シュルトはイニエスタにそっくり」ということです。

似ている画像を紹介しようと思ってネットを探し回ったのですが、残念ながら、画像では「そっくり」と思えるものは見つかりませんでした。でも、この前のK-1で京太郎と戦っていたセーム・シュルトは、「イニエスタを巨大化させた人」と言っても過言ではないぐらいに似ていました(もとから似たタイプだったのが、シュルトの現在の髪型がイニエスタに近いものになって、そっくりに見えるようになったのではないかと推測しています)。ぜひ、何かの機会に動画でチェックしてもらいたいです。

ネットでは水道橋博士氏のつぶやきなどで、マイティー・モーと伊藤リオン容疑者が似ていると話題になっていましたが、個人的にはセーム・シュルトとイニエスタの方が似ていると思ったんですけどねぇ・・・・・・。どなたか同じように感じた方はいませんか? (つ)

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